50回イベント 楽しい集いでした(3)

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嵐時雄牧師のお話は、クリスチャンの人もそうでない人も、このひとときを共有して、いろいろなことを考えさせられるものとなりました。お話の抜粋を掲載いたします。(無断転載はお断りいたします)

  「国立東9条カフェ」50回記念イベント

2015年5月16日 嵐 時雄

紹介いただきました嵐と申します。名前は時雄で、名字も名前もジャニーズ系ということで、覚えていただければと思います。昨年10月、一橋大学において行われました憲法フォーラム「いのちと九条を考える」で、著名なお二人の先生方に続いて話をさせていただきました。そのことを機会に、時々この「九条カフェ」に寄せていただくようになりました。この度は、大切な記念の集まりにスピーチをとのご依頼をいただきましたが、私自身は、皆様の前で何かを話せるような者では全くありません。知識においても、行動においても、どちらかというとノンポリに近いような者で、もう少し学ばなければ、もう少しかかわっていかなければと思っているうちにこの年になってしまいました。

そんな私ですが、清瀬市に20年、国立市に15年住み、また教会の牧師として働き、いろいろな方々から平和に関することを教えられてまいりました。

戦後生まれの私が「戦争」というものを身近に感じた初めての体験は、中学3年の秋のある日のことです。その日届いた夕刊の一面いっぱいにはアメリカの艦船の写真が載っていました。ご存じの方も多いと思いますが、1962年10月、アメリカはキューバ沖の海上を封鎖し、キューバにミサイル配備を配備しようとしたソ連の思惑にストップをかけました。後に「キューバ危機」と呼ばれたそのとき、マスコミの多くはすぐにでも核戦争が勃発するのではないか、と報じていました。幸いにもソ連のフルシチョフ首相が折れて、輸送船を引き揚げさせ、更にその後、キューバからミサイル基地を撤去させましたので、事なきを得ました。

2回目は、大学生のとき、友人が米兵の遺体を洗浄するアルバイトは一晩で1万円もらえると教えてくれたことでした。普通のアルバイトの日給が2000円か3000円の時代です。それが本当か嘘なのか、その誘いに乗りませんでしたので真偽のほどは不明ですが、洗浄すべき遺体とはベトナムで戦死した米軍兵士です。若いアメリカ人が国のためか、正義のためか、あるいは金のためか遠い異国に輸送され、そこで人を殺し、ついに自分も殺され、故郷で英雄と呼ばれるために日本経由で戻ろうとしている。そして自分を戦地に送った国は、日本人学生に高額のバイト料を払って、傷ついたり、ばらばらになったその体を洗わせている。言いようのないむなしさを感じたのを思い出します。

今、日本は政治家の言う「普通の国」になろうとしています。私たちがここで集まりを持っているこの間も、その「普通の国=戦争のできる国」になるのを阻止しようと首相官邸や国会議事堂前で声を上げている方々がいます。

昨年の憲法フォーラムでも申しましたが、聖書では人殺しを固く禁じています。また、イエス・キリストは彼を信ずる人々に向って「平和をつくる者は幸いです」「柔和な者は幸いです」と明言されました。ところがどうでしょうか、彼の教えとはとても相容れないような歴史が今日まで展開されてきました。しかも、それがキリスト教指導者あるいは、自らをキリスト教徒と自認する政治家によってもたらされたことも少なくありません。中世の十字軍は言うに及ばず、近代史を見てもその事実は明らかです。そのような負の歴史を背負っている教会で牧師として35年間働いてきた者として、今、平和をつくるとはどういうことなのか、自問しながら、学びながら、多くの方々にご指導いただきながら歩んでいます。その中で得た私なりの戦争観というか平和観というものを、皆様のご批判を覚悟で申し上げたいと思います。

1)戦争はそれ自体が悪となる。

一つ目は、「戦争はそれ自体が悪となる」ということです。

ソ連時代のジョーク

酔っ払いが酒場でこう叫んだ。「スターリンの大馬鹿野郎め!」
すると、すぐさまやってきたKGBは、この酔っ払いを取り押さえ、逮捕した。
「ちくしょう!俺が何をしたって言うんだ!」
「機密漏えい罪だ」

レバノンのジョーク

アラブ人がパソコンを買いに行った。店員が言う。「このパソコンは最新型です。これを使えば、あなたの仕事は半分になりま」
すると客が言った。「じゃあ、これを二つ買います」

この2つのジョークは、ルポライターの早坂隆さんの書いた『世界の紛争地ジョーク集』に載っている小話です。結構面白い話が載っていて楽しく読みましたが、電車では吹き出してしまって、変な人と思われてしまいました。因みに、そのときの話は、

イスラエルで

ある男が医者の所に行って「先生。この頃耳が悪くなって困ってます」
「どのくらいかね?」
「変なたとえですが、自分のおならの音も聞こえないのです」
「そりゃあ相当悪いね。ではこの薬を毎日飲みなさい」
「ありがとうございます。これで耳が良くなるんですね」
「いや。耳は良くなりません。でもおならの音は聞こえるようになります」

この本の目次を見ますと、イラク、パレスチナ、イスラエル、トルコ、シリア、アフガニスタン、レバノン、イラン、ロシア、エストニア、リトアニア、チェコ、アルメニア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、マケドニア、アルバニア、セルビア・モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソヴォ自治州、朝鮮民主主義人民共和国、ミャンマー、等々の国、地域の名前があります。これらは皆、20世紀、21世紀の紛争地です。戦後日本では、やくざ同士の抗争は別にして、人のいるところで銃弾が飛び交うようなことはありませんでした。しかし、世界では領土争いや民族対立、宗教対立などで多くの血が流されてきましたし、今もそれは継続し、拡大しています。

争い、戦いは一度始まってしまうと、それはなかなか終わらせることができません。家族や仲間を殺されれば、そこには当然憎しみが湧いてきますから、戦う意欲が否が応にも増し加わってきます。もちろん、相手も同じです。しかも国が一端「敵」と定めた相手であれば、何人殺そうがお咎めは一切ありません。むしろ、殺人をたくさん行えば英雄として敬われ、勲章をもらえるかもしれません。戦場に一般の法律は適用されませんので、少々残虐な行為をしてもそれが罪に問われることもありません。「殺(や)られる前に殺(や)る」、これが戦場のルールです。ベトナム戦争のときもそうでしたが、湾岸戦争、イラク戦争に送られた兵士たちの中にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の故にずっと苦しんでいる人が少なくありません。国が殺人を許可、奨励しても人の心はそれについて行かれないのです。アフガニスタンとイラクに派兵された米軍兵士は約200万人、そのうちPTSDとTBI(外傷性脳損傷)に悩まされている方が50万人だそうです。

一度始めたらどうにもならないというのが戦争です。そして始めた以上、何としても勝たなければならない、そうしなければ国が壊滅してしまうかもしれない、政権の座から引きずり降ろされるかもしれない、そんな恐怖に取りつかれ、結果としてどんどんどんどん暗やみに入り込んで行く、それが戦争です。歴史もそのことを証明しています。ベトナム戦争はその最たる例と言えます。

2)マスコミを監視する。

2つ目は、「マスコミを監視する」ということです。
誤った方向に国を導くかもしれない政府を監視するのは、私たち国民の大切な責務です。しかし、だれが監視するのか、それは大きな問題です。生きていくことに精いっぱいの市井(巷)の私たちが時間を割いて、行政府の、あるいは立法府の動静や行動を直接チェックすることには限界があります。ですから民主主義国家では多くの場合、それをマスコミに依存しています。テレビ局であるとか新聞社、雑誌社、そしてフリージャーナリストの人たちに情報収集を任せて、その情報をもとに私たちは政府などを監視しています。ところが、近年、そのマスコミがおかしくなってきているとよく言われます。私もそう思います。政府によるプロパガンダの一翼を担っている幾つかの報道機関は(敢えて名前は申しませんが)問題外ですが、比較的中立と思われているマスコミも近頃は「変だなぁ」と感じることが少なくありません。

明らかに偽りを報道しているとは申しませんが、報じる種類を選別しているのでは?と思うことが多々あります。ある方は「テレビをつけると必ず『あの顔』が映るので辟易する」と仰っていました。同感です。しかし、私たちはそのマスコミに情報収集をある程度依存しなければなりません。そのため、私たちは政府を監視するとともに、マスコミの監視も怠ってはならないと思います。では、どうやって?と問われますと、実は私にもその術があるわけではありませんので、お答えすることはできませんが、少なくとも情報機関の○×の基準くらいは持っていたいと思います。そして、その基準に立った意見表明の機会を有効に用いることが大切です。新聞や雑誌に投稿するのもその一つの方法です。放送局であればFAXや電話で抗議したり、異議を唱えたりすることも効果的ではないかと思います。

3)有権者を獲得しよう。

3つめは、「有権者を獲得しよう」ということです。

抗議デモは私たちに与えられた意思表示の大切な機会です。しかし、並行して行わなければならないことは、有権者の獲得、とくに若い層の人々の心をとらえるということです。投票に行かない人々の10%が、国のことや世界のことを考えるようになり、投票所に行くようになれば、いまのような一党独裁は改善されると思います。彼らの沈黙が今日の状況を生んだといえないでしょうか。選挙権を持つ年齢が18歳まで引き下げられますので、これは大きなチャレンジであり、チャンスでもあります。私たちの身近にいる子どもたち、孫たち、青年たちが自分と国の将来に心を寄せるよう働きかけなければなりません。

最後に、ずいぶん前に亡くなられた元都知事、青島幸雄氏が国会議員のとき、彼は佐藤栄作首相のことを「財界の男芸者=太鼓持ち」と表現して物議をかもしました。表現の品位としてはどうか、と思いますが、彼の言ったことは的を射ていました。私は今の首相にも青島さんのこの言葉をプレゼントしたい気持ちです。

安倍首相は「積極的平和主義」という言葉がお好きです。しかし、その「積極的」というものの、実態は「ジャイアン」の後ろにいて、その指示を待っている「スネオ」の姿と同じです。本来の「積極的平和主義」というのは、ジャイアンに物申すことではないでしょうか。「一緒に戦え」「後方支援をしろ」と言われたときに、断ることのできる態勢をつくることこそ「積極的平和」です。いや、それ以上に、その戦いを止めるように論を尽くして説得する、そういうことが積極的ということではないかと思います。そして米国に向かって「言うことを聞かないのなら、沖縄や横田から出て行ってください」とそのくらいのことを言ってほしいのです。しかし実際はご存じのように、そういう関係には一度もなったことがありません。そうであるのに、あたかも「対等外交」であるかのように言うのは、国民として恥ずかしい気がします。

私の所属する教会では毎週日曜日に「礼拝」を行っております。礼拝の一番最初の時間は、「前奏=プレリュード」です。この時間、牧師である私も、参加しているひとりひとりもそれぞれの過去を、特に過ぎ去った1週間を振り返ります。そうする中で、心に示された罪があるならば、それを静かに顧み、神の前に整えさせられます。その「罪」というのは、言葉や態度、行為で人を傷つけたことや神に対する背信的な行動、思いというのがありますが、同時に、「行わなかった罪」もその中に含まれています。もし、私たちがこの時代に為さなかったことの故に、後の時代の人々が苦しみを受けることになるとしたら、それは神から問われることになるでしょう。

私自身は、今できることを、否、今しなければならないことを怠らないようにと思わされています。

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